寺山修司が新宿のネルソン・オルグレンならば、
迫川尚子は新宿のヴァージニア・ウルフである。

森山大道(写真家)


新宿の街が、画面から飛び出しそうな勢いで連なっていた。酒で言えば荒走りだ。 
英 伸三(写真家)
新宿のような街は、どう見ても権力者の都合のいいようにはつくられていない。
井野朋也(BEER & CAFE.・BERG店長)
モノクロの良さ、写真の面白さが分かります。何度も繰り返して眺めているうちに、
魅力が分かってきます。
石田 直(アートアットコム代表)


迫川尚子写真集 日計り(ひばかり)
Shinjuku, day after day



写真評論家 飯沢耕太郎氏の書評より
 
新宿駅東口の地下に「ベルク」という店がある。コーヒー、ホットドック、生ビールなどを出し、一日千人以上の来客があるというスタンドカフェだが、ただの「ファーストフード店」ではない。ホットドックのソーセージのパンも、ワインやビールも、ただ事ではないこだわりで選ばれており、食品はすべて無添加が貫かれ、「早い安いうまい」だけでなく、「一人で気軽に束の間の間の贅沢が味わえる店」がめざされている。
 
 この「ベルク」のもう一つの楽しみは、店の壁面を利用した写真展である。・・・・・一杯のビールやコーヒーとともに、その写真展を目当てに通う、僕のような客も少なくないはずだ。
 迫川尚子は「ベルク」の副店長として、もう十年以上も経営全般を切り盛りしてきた。その忙しい仕事の合間や店の行き帰りに、「カメラを一時も離さず」持ち歩いて撮りためてきた写真をまとめたのが、本書「日計り」である。1988年に旅先の岩手県種山ケ原で撮影中、「自分が見ているだけでなく何かに見られているという感覚」に襲われたというのが撮り始めたきっかけだというから、もう15年余りもカメラを身になじませてきたわけだ。
 
 写っているのは、「ベルク」を中心にした新宿の界隈である。店の行き帰りだから、当然路上の光景が中心になる。看板、電柱、雑草、板塀、ブロック塀、棄てられた電器製品、誰かが作った雪ダルマ、道路のヒビ割れ−それらの間を行き過ぎる人、カラス、犬、猫たち、そしてふっと柔らかな表情をこちらに向ける子供たちがいる。唯一「テーマ」らしきものを感じさせるのは、段ボールの家で暮らす「ホームレス」の人たちだが、彼らを見る目も通過者の枠を踏み越えていないように思える。

 それらのすべてを光が包みこむ。「日計り」というタイトル(もともとは迫川の生まれ故郷である種子島に住む毒蛇の名前のようだが)が示すように、彼女は光の微妙な変化に鋭敏に感応する体質のようだ。・・・・・光に照らし出されたモノや人間たちを眺めていると、新宿にも季節は巡り、街の「手ざわり」がちゃんと残っているのがわかる。・・・・・・・・・・










ひばかり(日計・・・・・)
ナミヘビ科の爬虫類。森林の水辺などにすみ、全長約50センチで、暗褐色。
かまれると一日にうちに死ぬところからこの名があるが、実際は無毒。
本州・四国・九州に分布する。(小学館、大辞林より)



迫川尚子 NAOKO Sakokawa
種子島生まれ。女子美術短期大学服飾デザイン科卒業。現代写真研究所卒業。テキスタイルデザイン、絵本美術系出版社の編集を経て、現在新宿駅ビル地下のビアカフェ「ベルク」の経営に携わる。独自の視線から新宿を捉える。


 写真にも色々あります。絵画と違って、その時にしか表すことのできない対象を捉えるわけですから、作品の時代性は絵画よりも強いと言えるでしょう。江戸時代の風景を写真に撮ることはできません。絵画ならば、画家の空想で描くことは可能ですね。
 無限大にある被写体の中からひとつのテーマに絞る、それを特定の街のようなものにすると、その時代性はより鮮明になります。そして、その時代性を構成しているものも、これまた無限に存在していることが分かります。町全体の風景、そこに暮らす人々、そこにいる来訪者、建物、看板、置いてある物体、発生した事件・・・きりがありません。きりがないものを、いくつかにまとめて提示されると、レンズが捉えたメッセージが伝わってきます。全体を通して見ると、時代性の面白さに気が付きます。改めて一枚一枚見ていくと、それを構成している因子みたいなものが見えてきます。細部までじっくり見ると、意外なものが写っていたりする、その発見もまた面白い。この写真集を見るポイントはそのあたりにあると考えられます。
 また、現代では破天荒に(特に新宿のような場所では)氾濫する色彩も、モノクロという映像に置き換えられると、無駄な贅肉というか、目にとって邪魔な色が削ぎ落とされて、上に書いた因子みたいなものの特徴がよりストレートに感覚に入りこみます。俗に言ってしまうと、「モノクロっていいねえ・・・」という感覚になります。そんなところにも、この写真集の魅力があるのではないでしょうか。




迫川尚子写真集 「日計り」 新宿書房より発売中 \2,940(税込み)
書店にない場合には、「写真集・日計り希望」とした上、お名前・ご住所・電話番号・メールアドレスをお書きの上、下よりメールにてお申し付け下さい。
写真家より送らせて頂きます。「アートアットコムで見た」と明記すれば、送料が無料になります。
こちらからどうぞ→メール
迫川尚子 writes

 私の故郷、種子島にはハブはいませんが、ヒバカリという、島の人たちによれば、ハブより猛毒な毒蛇がいます。浜辺の草むらに足を踏み入れてはいけない。もしヒバカリに噛まれたたら、陽が沈むまでの、その日ばかりの命というのが名前の由来です。「ヒバカリ」には、「光」という単語が含まれています。「日を計る」とも、「陽を狩る」とも読めます。写真を暗示しています。
 ただ、正直、写真とは何か、とかんがえたことはありません。特別なテーマがあって、これらの写真を撮った訳でもありません。新宿ターミナルの地下街に職場があるため、毎日、少しでも、カメラを持って地上に出ます。その時は、新たな一日の始まりという気持ちがあるためです。
 大通りから裏道に入ると、アスファルトの模様まで変わります。そんなことを思いながら、歩いています。障害物がある訳もないのに、歩きながら私はよくつまずきます。余りにつまずくので、呼び止められていると思うことにしました。そんなに急いで、どこへ行くの? と。振り返れば、電信柱の脇から小さな花が顔をだします。見知らぬ少女と目があいます。猫がうずくまっています。

 その度にシャッターを押します。ありきたりな言葉ですが、どれも、一瞬の出来事です。一枚一枚の写真が、その結果としてあります。出来事というほど大げさなものでもなく、本当に、その少女や猫と、軽く挨拶する感じです。だからシャッターを押すのは、だいたい一回限りです。同じ人や物と二回も三回も挨拶をするのはおかしいですし。もちろん、どの写真も、狙った対象だけがうつっているのではありません。
 私自身、狙っているのは、実は、光なのかも知れないと思うこともあります。光が差し込む瞬間。ふだんモグラのような生活をしているので、それだけで驚きなのでしょうか。もっと正直に言います。狙うまでもなく、カメラを向けた瞬間、光がその対象を照らすのです。私の方が狙われているみたいです。
 少なくとも、私が何か対象を狙っているという感じはありません。対象とは、そもそも、一体何の対象でしょうか?好奇心?記録?それとも表現のため?いえ、そんな思惑が働く余裕がない程、ある意味、それらは抜き差しならない相手なのです。自分と全く無縁ではない。でも、身近とは言い切れない。その相手との目に見えない隔たりにこそ、何かがあります。そのモノ自体より、一層無防備に。
 それは、むしろ、写真から私が教えられたことです。気がつけば、13年間、新宿を撮りためていました。でも、あくまでも、その日ばかりの新宿です。うまく言えませんが、写真を見ていただければ幸いです。(以下略)


(C) Naoko Sakokawa
ここで、再三紹介されている新宿駅地下にある「ベルク(BERG)」とは、気軽に立ち寄れるスタンド式カフェショップです。ビールや軽食も楽しめます。そして、壁面には写真やアートが掛けられており、定期的に色々な作家の作品を見ることができます。アートファンもたくさん訪れます。場所は、JR新宿駅東口改札口(アルタ側)を出てすぐ左へ15mくらい。地下鉄丸の内線への階段手前。Food Pocket という通路。駅ビル「MY CITY」の地下部分です。
電話:03-3226-1288 営業時間:07:00〜23:00 年中無休
おひとりでも気軽に立ち寄れるお店です。新宿にお越しの際は是非寄ってみて下さい。


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